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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)180号 判決

原告

三菱レイヨン株式会社

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和53年審判第8423号事件について昭和59年6月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和48年7月25日、名称を「第3級ブチルアルコールの製造法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和48年特許願第83719号)をしたところ、昭和53年3月11日拒絶査定を受けたので、同年6月7日審判を請求し、昭和53年審判第8423号事件として審理され、昭和56年5月27日出願公告(昭和56年特許出願公告第22855号)されたが、特許異議の申立てがあり、昭和59年6月6日、異議の申立ては理由があるとの決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和59年6月20日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

イソブチレンもしくはイソブチレンを含有する炭化水素混合物を酸性イオン交換剤の存在下で水100モルに対し有機酸を16.4~270モル含有する有機酸水溶液と40~79℃で反応させ、得られた第3級ブチルアルコール含有有機酸水溶液から蒸留法によって第3級ブチルアルコールを分離することを特徴とする第3級ブチルアルコールの製造法。

3  審決の理由の要点

本願発明の要旨は前項のとおりと認める。

これに対して、本件出願前頒布の刊行物である米国特許第3,285,977号明細書(以下「引用例」という。)にはC4オレフインを固体触媒の存在下有機溶媒の水溶液と反応させて相当するアルコールを製造する方法が記載され、さらにC4オレフインとしてイソブチレンを原料とする場合には目的物として第3級ブチルアルコールが得られること、反応温度は175~600(79.4℃~316℃)であること、溶媒としては酢酸等の有機酸が使用され、その使用量は水一部に対し0.5~20部であること、固体触媒としてスルホン化樹脂等のイオン交換樹脂が使用されることが記載されている。

本願発明と引用例の記載内容とを比較すると、後者のスルホン化樹脂は前者の酸性イオン交換剤に相当するものであり、また、有機酸の添加量については前者はモル比で表現しているのに対し、後者は容量比で表現しており、量の表現は異なるが、有機酸として両者ともに酢酸を使用しているのでこの場合についての比較をすると、その添加量は一致するから、両者の相違は、(1)前者の反応温度が40~79℃であるのに対し、後者のそれは79.4~316℃である点及び(2)後者には目的物の分離手段については記載がない点にのみあるものと認める。

この相違点につき検討すると、(1)については、本願発明の実施例には40℃、45℃、60℃で反応を行った実験例は記載されているが、40℃以下、79℃以上で行った実験例はなく、下限の40℃及び上限の79℃の各温度が臨界的な意味を有することを裏付ける根拠は何ら示されていないから、40~79℃の数値限定に技術的意義は認められない。また、(2)についても、得られた生成アルコール含有有機酸水溶液から生成アルコールを蒸留によつて分離することは常套手段であつて、当業者の適宜なし得るところである。

したがって、本願発明は引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、引用例記載の発明の技術内容を誤認して本願発明と引用例記載の発明との間の一致点の認定を誤り、また、両者の間の相違点(1)についての判断を誤り、本願発明の奏する作用効果を看過、誤認し、ひいて、誤つて本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法であつて取り消されるべきである。

1 本願発明の概要

(1)  目的

本願発明は、「イソブチレンを含有する炭化水素類混合物より第3級ブチルアルコールを高純度、高収率にしかも高い生産性をもつて製造する」(本件出願公告公報の発明の詳細な説明の項第1欄第34ないし末行)ことを目的としたものである。

イソブチレンを含有する炭化水素混合物というのは、主としてスペントBBを指している。スペントBBとは、ナフサ(粗製ガソリン)をクラツキング(加熱分解)してエチレン、プロピレンを得るときに留分として副生するC4オレフインからさらにブタジエンを抽出した残りをいうのであり、ブタン、n―ブチレン、イソブチレンを主成分とする。ところで、スペントBBは、それを組成するn―ブチレンとイソブチレンを通常の蒸留分離手段で分離できないため、従来は燃料以外に利用の道がなかつた。そこで、本願発明は、スペントBBからイソブチレンを第3級ブチルアルコールの形で単離製造することを目的とし、特にスペントBBに含まれるn―ブチレンから誘導される第2級ブチルアルコールの副生をできる限り阻止し、従来法に比べて、製品の純度が高く、収率が大きく、生産性が高い第3級ブチルアルコールの製造方法を得ようとしたものである。

(2)  構成

本願発明は、イソブチレンの水和に酸性イオン交換剤を触媒として用いる方法において、「水に有機酸を存在させると反応速度が飛躍的に向上することを見出し」(本件出願公告公報の発明の詳細な説明の項第2欄第32、第33行)て完成したものであるところ、その構成を便宜区分すると、次のとおりである。

A イソブチレン若しくはイソブチレンを含有する炭化水素混合物を

B 酸性イオン交換剤の存在下で

C 水100モルに対し有機酸を16.4~270モル含有する有機酸水溶液と

D 40~79℃で反応させ、

E 得られた第3級ブチルアルコール含有有機酸水溶液から蒸留法によつて第3級ブチルアルコールを分離することを特徴とする

F 第3級ブチルアルコールの製造法

(3)  作用効果

[本発明方法によれば有機酸例えば酢酸を含有する水に弱酸性イオン交換樹脂の存在下でイソブチレンを接触させると大部分のイソブチレンが第3級ブチルアルコールとなり一部は有機酸の第3級ブチルエステルとなる」(同第3欄第5ないし第9行)。

ここに記載された反応を有機酸を酢酸として、反応式をもつて示すと、別紙のとおりの間接水和法である。

原料イソブチレン中には、多少の差はあつても、必ずノルマルブテンが存在するため、別紙の(3)及び(4)のノルマルブテン類から第2級ブチルアルコールあるいは第2級ブチル酢酸への反応が必ず生起するが本願発明においては、別紙の(3)及び(4)の反応はほとんど無視される程度であり、(本件出願公告公報の発明の詳細な説明の項第3欄第15ないし第20行)、第3級ブタノール(第3級ブチルアルコール)の生成の反応速度が飛躍的に向上するとされている(同第2欄第32、第33行)ところから明らかなとおり、別紙の(1)及び(2)の反応速度が(3)及び(4)の反応に比べて著しく大きく、本願発明の目的物である第3級ブチルアルコールにとって不純物となる第2級ブチルアセテート及び第2級ブチルアルコールの生成を妨げることができ、生成する第3級ブチルアルコールの純度が高く、その精製が極めて簡単になるのである。

2 引用例記載の発明の概要

(1)  目的

引用例記載の発明は、固定触媒の存在下、水に溶け難い炭素数4~7のオレフインから接触水和により対応するアルコールを製造する方法において、触媒表面上で生成アルコールが蓄積し、新しいオレフインと水が触媒に接触するのを妨げ、反応速度を低下させるのを防ぐために、生成アルコールを触媒表面から取り除き、新しいオレフインと水とが触媒表面上で接触し、対応するアルコールとなるような活性点を用意することを目的とする。

(2)  構成

引用例には、イソブチレンを含有する炭化水素混合物から第3級ブチルアルコールを製造する方法が記載されているが、その製造法は、本願発明と対比して区分すると、次のとおりである(引用例第5欄第38行ないし第6欄第19行)。

a イソブチレンを含有する炭化水素混合物を

b 酸性イオン交換剤の存在下で

c 液状溶媒として水に対し容量比1対2(水100モルに対しイソプロパノール47.1モル)でイソプロパノールを含有する水と

d 200(93.5℃)で反応させ、

f 第3級ブチルアルコールを製造する方法

3 引用例記載の発明の技術内容の認定及び本願発明と引用例記載の発明との間の一致点の認定の誤り

(1)  審決は、引用例には、前記2で述べた製造法のほか、「C4オレフインとしてイソブチレンを原料とする場合には目的物として第3級ブチルアルコールが得られること(中略)溶媒としては酢酸等の有機酸が使用され」ることが記載されていると認定したが、誤りである。

(2)  すなわち、審決は、引用例には、次のような第3級ブチルアルコールの製造法が記載されていると認定した。

a' イソブチレンを含有する炭化水素混合物を

b' 酸性イオン交換剤の存在下で

c' 水1部に対し酢酸等の有機酸を0.5~20部(水100モルに対し酢酸15.73~629.5モル)含有する水と

d' 79.4~316℃で反応させ、

f' 第3級ブチルアルコールを製造する方法

しかしながら、引用例には、右のような、原料がイソブチレン、溶媒が有機酸、目的物が第3級ブチルアルコールの組合せの製造法は記載されていない。かえつて、以下に述べるところからすると、引用例記載の発明では、イソブチレンと水を反応させて第3級ブチルアルコールを製造する際に、溶媒として有機酸を使うことが予定されていたとみることはできないから、審決の右認定は誤りであり、ひいて、審決は、本願発明との間の一致点の認定を誤つたものである。

(3)  本願発明は、イソブチレンを酸性イオン交換剤の存在下で、有機酸水溶液と反応させて第3級ブチルアルコールを製造する方法である。すなわち、本願発明においては、イソブチレンと有機酸が反応して第3級ブチルアルコールと有機酸を生成するものであるから、有機酸はこの一連の反応に直接加わるのである。

これに対し、引用例記載の発明は、炭素数4~7のオレフインを酸性イオン交換剤の存在下で、液状溶媒としてイソプロピルアルコールなどのアルコール、酢酸などの有機酸を含む酸素化有機化合物を存在させ、水と反応させて、対応するアルコールを製造する方法に関する。

引用例には、オレフインと水との反応の際、生成するアルコールが低分子量の場合は、そのアルコールは水と相溶性であるから、水によつて触媒表面から取り除き得るが、生成するアルコールが炭素数4~7のような高分子量の場合は、水に相溶性でないために、水によつて触媒表面から取り除きにくく、触媒表面に生成アルコールが蓄積し、新しいオレフインと水が触媒と接触するのを妨害して反応速度を低下させるので、引用例記載の発明では、液状溶媒を存在させることによつて、触媒表面から生成アルコールを速やかに取り除くようにしたと記載されている(第1欄第27ないし第52行)。

このように、引用例記載の発明においては、有機酸は、液状溶媒として、炭素数4~7のオレフインと水との水和により生成したアルコールを触媒表面から速やかに除き、触媒表面が常に活性点として働くようにする役割を担うのであるから、有機酸が反応に直接加わるわけではない。

以上のとおり、本願発明と引用例記載の発明とは反応の形態が根本的に異なり、その反応における有機酸の使われ方が全く違う。

(4)  引用例には、そこに記載の「発明において使用される代表的溶媒は水と混和し得る酸素化有機化合物である」として、その化合物の例が挙示されており、その中には酢酸も挙げられており、引用例記載の発明に特に適した溶媒としてはアルコールが挙げられている(第2欄第20ないし第34行)。

しかしながら、溶媒として酢酸を使用した具体例においては、原料として挙げられているオレフインはメチルブテンであり、生成物は第3級アミルアルコールである(第4欄表1 Run No. 3,4)。このように、引用例に挙示されているそれぞれの溶媒が前記オレフィンのすべての水和において使用されると記載されているわけではない。

また、引用例記載の発明は、前記のとおり接触水和において液状溶媒を存在させることを重要な要件とするが、溶媒として使用できる物質は、次のような一定の重要な性質を有する必要があるとされている。

「第一に、溶媒は反応原料と容易に溶解して溶媒溶液を形成する。これら溶液は、溶媒がない場合の反応原料に対するものに比較して、生成アルコールの溶解性が増大されているものであり、これによつて、生成物を触媒表面から速やかに除去する傾向を有し、かくして、触媒表面を新たな原料のためにあけておき、さらに反応の平衡をアルコール生成の方向に誘導する。第2に、溶媒はオレフインと水とを分かれた液相中に維持し、各液相は相互に不溶であり、そのため、水相はオレフインから分離されており、オレフイン相は実質的に水から分離されている。使用可能な溶媒の第3の特徴は、反応によつて生成する物質とは異なるものであることである。」(第1欄第70行ないし第2欄第14行)

このうち、第3の特徴として掲げられてあるところによれば、生成するアルコールと同じアルコールを溶媒として使用してはならないとされており、このことからみても、引用例に記載の溶媒の1つ1つが炭素数4~7のオレフインの水和のすべての場合に使用されると解する余地はなく、右各溶媒は、それらオレフインの水和のいずれかに使用されるという趣旨で列記されたものと解される。

(5)  さらに、オレフインがイソブチレンの場合、生成するのは第3級ブチルアルコールであるが、この生成アルコールは、引用例記載の発明が生成アルコールについて前提として予定している(前記(3)参照)水不溶性のものではない。炭素数4~7のオレフインから水和により生成される対応アルコールのうち、第3級ブチルアルコール以外のものは、水不溶性か、わずかに水に溶ける部分水溶性のいずれかであるが、第3級ブチルアルコールだけは完全水溶性なのである。引用例記載の発明は、前記(3)で述べたとおり、生成アルコールが水に不溶性又は部分水溶性である場合の対応策として考えられたものであるから、生成アルコールが完全水溶性である第3級ブチルアルコールの場合、引用例記載の発明を適用するとしても、用いる溶媒がイソブチレン以外のオレフインから対応アルコールを生成する場合と同じであるはずはないが、その点について格別の説明はない。ただ、適用例として、C4―オレフイン留分中のイソブチレンを変化させて第3級ブチルアルコールを製造するに当たつて、溶媒としてイソプロピルアルコールを使用する例が挙げられているが、この場合において、(4)の溶媒としての必要条件は守られてはいるが、引用例記載の発明を適用したことによる生成アルコールの収率の増加については、引用例記載の発明において最も好ましい溶媒とされるイソプロピルアルコール(第2欄第52ないし第54行参照)を使用したにもかかわらず、溶媒を使用しない場合の5割増し程度であつて、原料がメチルブテン、目的物が第3級アミルアルコール、溶媒が酢酸又はイソプロピルアルコールの場合においては、溶媒を使用しないときの3.5倍又は4.0倍であるのに比べ著しく低い。

(6)  これらの事情を考慮すると、引用例記載の発明において、イソブチレンから水和により第3級ブチルアルコールを製造する際に、溶媒としてイソプロピルアルコール以外の溶媒の使用を予定していたものとみることは困難である。

そしてまた、使用する溶媒の量は、溶媒の種類によつて異なるが、「一般に溶媒の使用量は水に対し容量比で0.5~20であり、特に0.25~4である」(第2欄第69ないし第3欄第1行)と記載されていて、引用例記載の発明の溶媒の全部が、右に示す容量比のすべての範囲で使用されるとは限らないことを示唆している。

(7)  してみれば、引用例には、前記(2)に記載のa'~d'、f'の要素を具備する発明は記載されていないとみなければならず、前記(1)で挙示した審決の認定は誤りであり、ひいて、この認定を前提としてなした本願発明と引用例記載の発明との間の一致点の認定も、誤りであることに帰する。

4 相違点(1)の判断の誤り

(1)  審決は、本願発明と引用例記載の発明との間の相違点(1)について「判断するに当たり、本願発明の反応温度について、本願発明の実施例には40℃、45℃、60℃で反応を行つた実験例は記載されているが、40℃以下、79℃以上で行つた実験例はなく、下限の40℃及び上限の79℃の各温度が臨界的な意味を有することを裏付ける根拠は何ら示されていないから、40~79℃の数値限定に技術的意義は認められない。」と判断したが、誤りである。

(2)  本件出願公告公報の発明の詳細な説明の項第4欄第12ないし第16行(本件出願の昭和56年12月25日付け手続補正書によつて補正された部分を含む。)には、「反応温度は低温の方が平衡的に有利であるが反応速度が遅い。又あまり高い温度は平衡的に不利であるのみならず触媒寿命が短かくなる。したがつて40℃~79℃が用いられる。」と記載されている。

本件出願公告公報の発明の詳細な説明の項に記載された実施例7例のうち、反応温度としては、40℃のものが4例、60℃のものが2例あり、そして、実施例5では第1反応器が45℃、第2反応器が60℃であるから、ほぼ40~60℃程度が良好な実施状態を呈するということを知ることができる。

本願発明は、「イソブチレンを含有する炭化水素類混合物より第3級ブチルアルコールを高純度、高収率にしかも高い生産性をもつて製造する方法」であるから、右公報の記載は、前記反応温度を40℃~79℃とするとき、平衡的に有利であるとともに反応速度も適当であり、触媒寿命を長く保ち得て、第3級ブチルアルコールを高純度、高収率に、しかも高い生産性をもって製造し得るが、反応温度を40℃以下にするときは、反応速度が遅くなり、生産性に不利となり、また、79℃を超えるときは平衡的に不利となり、触媒寿命が短くなつて生産性が悪くなるということを示したものとみることができる。

反応温度が高くなると平衡的に不利となるということは、別紙の(1)の反応が右方向に進行しにくくなるということであり、また、本願発明がイソブチレンと有機酸の反応特異性を利用したものであるため、反応温度が高くなると、多少の差はあつてもイソブチレン中に必ず共存しているノルマンブテンと有機酸との反応により、第2級ブチルエステルのような不純物の生成が多くなり、生成する第3級ブチルアルコールの純度が下がり、収率が悪くなつて生産性が落ちるということである。

また、触媒寿命を長くするということは生産上極めて重要な意義を有するが、温度が高くなれば触媒の寿命が短くなるということは周知であつて、低温度で反応させ得るようにしたことの意義は非常に大きいということができる。

(3)  一方、引用例には、「発明の実施に際して通常の水和反応温度は用いる触媒により異なるが175~600(79.4~316℃)である」(第3欄第9ないし第11行)と記載されている。引用例記載の発明の反応の形態は、オレフインの水和反応によつて固体触媒表面上に生成したアルコールを溶媒によつて速やかに取り除き、触媒表面で次の新たな反応を生起させるとともに、反応の平衡を有利にしようとする物理的溶解度差を利用した反応である。このため、所望の反応速度を得るためには反応温度を高くする必要があり、反応温度を79.4℃~316℃としたものである。

そして、実施例として示されている、原料がイソブチレン,溶媒がイソプロパノール、目的物が第3級ブチルアルコールの場合における反応温度は200(93.5℃)であり、また、原料がメチルブテン、溶媒が酢酸、目的物が第3級アミルアルコールである場合は250(121℃)であることからみて、実際には前記下限温度よりは相当高い温度で実施される場合が多いということがわかる。

(4)  一般に化学反応における反応温度の影響は連続的に変化するもので、ある温度でいきなり反応の形態が完全に変わってしまうというようなことは、通常起こらない。本願発明の場合も引用例記載の発明の場合も、反応温度の影響は右の原則に従うものであるから、本願発明の反応温度の上限である79℃と引用例記載の発明の下限の温度である79.4℃だけを比較すると、その温度による影響は小さいといえるかもしれない。しかし、発明の本質をみた場合、この温度の相違の意味は小さくない。というのは、本願発明では、79℃を超えると次第に反応成績が低下するのに対し、引用例記載の発明では79.4℃より高くなるに従つて反応成績が向上するのであるから、この79℃と79.4℃とは、反応温度による影響が全く逆方向に現れる限界点を示しているといえるからである。

すなわち、本願発明の反応形態においては、反応温度が79℃を超えて高くなれば平衡的に不利であり、副反応が多くなり、生成する第3級ブチルアルコールの純度が下がり、収率が悪くなつて生産性が落ちるのに対し、引用例記載の発明の反応形態では、反応温度が79.4℃以下になると溶媒による物理的溶解度差がうまく利用できず、反応速度が低下するのであるから、反応温度の持つ意味は全く違うというべきである。

5 作用効果の看過、誤認

審決は、本願発明が奏する、次の顕著な作用効果を看過、誤認した。

引用例記載の発明において、第3級ブチルアルコールの収率は、その溶媒を使用しない場合の5割増し程度であるのに対し、本願発明においては、第3級ブチルアルコールの収率は、有機酸を使用しない場合に比べ10倍以上であつて、本願発明の収率は著しく高い。

本願発明の反応の温度範囲が引用例記載の発明に比べ低いから、触媒の寿命が長く、イソブチレンの多量化が起こらず、副生物が生じないなど、生産性が引用例記載の発明に比べ優れている。

第3請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決には原告主張の違法はない。

1 (1) 原告は、引用例記載の発明では、イソブチレンから水和によつて第3級ブチルアルコールを製造する際に、酢酸を溶媒に使用することは予定されていないと主張する。

引用例のクレーム1には、C4~C7オレフインの水和により対応するアルコールを製造する場合に特定の酸素含有化合物を溶媒として用いることが記載され、クレーム3には、右反応における溶媒として、メチルアルコール、エチルアルコール、n―プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、第3級ブチルアルコール、ジオキサン、アセトン、エチレングリコールモノメチルエーテル及び酢酸が限定的に示されている。そして、イソブチレンの水和によつて第3級ブチルアルコールを製造することは、引用例記載の発明の実施例に示されるように、C4~C7オレフインの水和により対応するアルコールを製造する方法の1つであるから、引用例には、イソブチレンの水和により酢酸を含む前記限定的に記載された溶媒を使用して、第3級ブチルアルコールを製造することが開示されているとみるべきである。

(2) 原告は、引用例に挙示されたそれぞれの溶媒がすべての生成アルコールの製造に使用できるものではないと主張する。しかし、引用例記載の発明が生成アルコールの種類によつて、限定的に列挙された溶媒を区別していないことは、引用例の表3に挙げられた第3級アミルアルコールの製造において、ジオキサン、アセトン、エチレングリコールモノメチルエーテル及び酢酸が、溶媒として使用できる旨例示されていること、また、第2級ブチルアルコールの製造においても、同じように前記溶媒のすべてが使用できる旨例示されていることから明らかである。さらにまた、引用例記載の発明においては、第3級アミルアルコールを製造する場合に、イソプロピルアルコールと酢酸とが同じように使用できることが、実施例として示されているのであるから、第3級ブチルアルコールを製造する場合にイソプロピルアルコールを溶媒とする実施例しか示されていなくても、酢酸を溶媒とすることが開示されていないとすることはできない。

(3) 原告は、第3級アミルアルコールが水不溶性であり、第3級ブチルアルコールが水溶性である点をもつて、第3級ブチルアルコールを製造する場合に、酢酸を使用することは予定されていないと主張する。しかし、引用例には、生成物の水溶解性の有無によつて、限定的に記載された溶媒を区別する記載は何もないから、第3級ブチルアルコールの製造において特に酢酸を排除する理由はない。

(4) 原告はまた、本願発明と引用例記載の発明との反応形態の相違を主張するが、右に述べたように、酢酸を溶媒とすることは開示されているのであるから、両者の反応形態は同一であるというべきである。

2 原告は、本願発明と引用例記載の発明とは、反応温度において相違すると主張するが、本願発明の反応温度40~79℃と、引用例記載の発明の反応温度79.4~316℃とは、79℃の近辺においてほぼ連続するといえるほど極めて近似しているものであって、引用例記載の発明の温度をこの程度わずかに変更することは、当業者ならば、何ら創意を要することではない。

しかも、本願発明の温度については、本件出願公告公報の発明の詳細な説明の項で「0℃~120℃」、「好ましくは40℃~80℃」と記載されていた(第4欄第12ないし第16行)ものであつて、反応温度の臨界的意義については何も記載されていなかつたのである。そして、特許異議の申立てがあつた結果、反応温度80℃で行う実施例5を削除し、反応温度を40℃~79℃と補正したものであるが、この補正された明細書にも、反応温度の臨界的意義については記載がない。

3  原告は、本願発明は、引用例記載の発明との間で作用効果も相違すると主張するが、本願発明は、引用例記載の発明に比して、格別顕著な作用効果を奏するものということはできない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 (1) 成立に争いのない甲第2号証の1(本件出願公告公報)によると、本願発明は、「イソブチレンを含有する炭化水素類混合物より第3級ブチルアルコールを高純度、高収率にしかも高い生産性をもつて製造する方法に関する」ものであつて(本件出願公告公報の発明の詳細な説明の項第1欄第34ないし末行)、従来、「イソブチレンからの第3級ブチルアルコールの製造法としては50~65%硫酸水溶液を用いる方法が知られて(おり)」、(同第2欄第1ないし第3行)、「本発明者らは、硫酸水溶液を使用する方法においてはイソブチレンの水和に際し硫酸が触媒として作用している点に注目し硫酸に代えて強酸性イオン交換剤を触媒として用いる方法を試みたが目的とする第3級ブタノールの生成は極くわずかで実用性に乏しいことが判明した」(同第2欄第25ないし第30行)が、「上述の欠陥を克服すべく鋭意研究中のところ水に有機酸を共存させると反応速度が飛躍的に向上することを見出し本発明を完成した」(同第2欄第31ないし第33行)ことが認められる。

そして、本願発明は、前記本願発明の要旨とされる構成を採択したことによつて、「第3級ブチルアルコールを高純度、高収率にしかも高い生産性をもつて製造する」(同第1欄第35、第36行)という作用効果を奏するものであり、また、「有機酸の価格、安定性をも考慮すると酢酸が最も好ましい物質である」(同第3欄第30ないし第32行)ところから、有機酸として酢酸を用いた場合を例に挙げると、「本発明の方法はイソブチレンの2量化、3量化といつた多量化がほとんど起らない。また反応はイソブチレンと水との間で選択的に行われ、原料炭化水素中に含まれるノルマルブテン類から第2級ブチルアルコールあるいは又、第2級ブチル酢酸への反応がほとんど無視される程度であり、したがつて反応生成物の精製は極めて簡単となる」(同第3欄第14ないし第20行)という作用効果を奏することが認められる。

(2) 本願発明を更に検討するに、前掲甲第2号証の1及び成立に争いのない同号証の2(本件出願の昭和56年12月25日付け手続補正書)によると、本願発明は、オレフインの直接水和によるアルコールの製造法ではなく(本件出願公告公報の発明の詳細な説明の項第2欄第14ないし第19行参照)、「水に有機酸を共存させ」(同第2欄第32行)、「酸性イオン交換剤の存在下で有機酸を含有する水と反応させる」(同第2欄第35、第36行)方法(間接水和法)であつて、40~79℃の温度で反応させる構成を採用したものであり、この反応温度範囲は、「低温の方が平衡的に有利であるが反応速度が遅い。又あまり高い温度は平衡的に不利であるのみならず触媒寿命が短かくなる」(同第4欄第12ないし第15行)という認識に基づいて選定されたものとしての技術的意義を有するものであり、これによつて、右(1)で判示した作用効果を奏するものであることが認められる。

2 一方、成立に争いのない甲第3号証(引用例)によると、引用例記載の発明は、「オレフインの接触水和によつて、対応するアルコールとする方法に関し、更に詳しくは、固体触媒の存在下でオレフインの接触水和によつて、対応するアルコールとする方法に関する」(第1欄第14ないし第18行)ものであつて、「触媒の作用はその表面で働くので、触媒表面上での生成アルコールの蓄積は、新しいオレフインと水が触媒と接触するのを妨害するため、反応速度を相当に低下させる。反応速度を減じさせないで維持するためには、生成アルコールを触媒から取り除き、新しいオレフインと水とが触媒表面上で接触し、対応するアルコールとなるような活性点を用意する」(第1欄第35ないし第44行)ことを目的とし、右目的を達成するため、酸素化有機溶媒を使用し、この溶媒の存在下で接触水和を行わせたもの(第7欄クレーム2)であることが認められる。

3  (1) 原告は、審決が、引用例に、「C4オレフインとしてイソブチレンを原料とする場合には目的物として第3級ブチルアルコールが得られること(中略)溶媒としては酢酸等の有機酸が使用され」ることが記載されていると認定したのは、誤りであると主張する。

(2) そこで、引用例記載の発明について更に検討するに、前掲甲第3号証によると、引用例記載の発明は、C4、C5、C6及びC7の各オレフインから成るグループから選ばれたオレフインを固体水和触媒及び酸素化有機溶媒の存在下で水と反応させて、原料オレフインに対応するアルコールを製造する方法の発明であつて(第7欄クレーム2)、引用例には、

ア  右固体水和触媒として、スルホン化ポリスチレン―ジビニルベンゼン共重合体のようなイオン交換樹脂などを使用すること(第3欄第11ないし第17行)、

イ  右酸素化有機溶媒として、イソプロピルアルコールのようなアルコール類のほかに、酢酸のような有機酸を用い(第7、8欄のクレーム3)、その使用量は、水1に対し容量比で0.5~20(溶媒として酢酸を使用する場合で、モル比に換算すると、水100モルに対し酢酸15.73~629.5モル)であること(第2欄下から第4行ないし第3欄第1行)、

ウ  当該水和反応における反応温度は、175~600(79.4~316℃)であること(第3欄第9ないし第11行)

の記載があることが認められ、また、実施例とその具体的効果に関して

「表2は更に、プロトン化されたアンバーライトIR―120イオン交換樹脂を用いて連続法で行つた結果を示す。このテストはC4留分中のイソブチレンの第3級ブチルアルコールへの変化における溶媒の添加の効果を示す。(中略)表2に示す最初のテストは溶媒を使用しておらず、2番目のテストではイソプロパノールを添加した。」(第5欄第38ないし第61行)

「表2に示すように、溶媒を使用しなかったときのアルコールへの転換は、32.0モル%である。溶媒としてイソプロパノールを使用したときは、単位触媒当たり4倍容量比のオレフインを流したときの転換率は47.2モル%であつた。これは、イソプロパノールがないときの同条件下での反応に対し、48%高い。」(第6欄第14ないし第20行)

との記載があることが認められる。

(3) そして、前掲甲第3号証によると、引用例には、引用例記載の発明において使用する溶媒について、「本発明で使用する溶媒の機能は、水相及びオレフイン相を互いに溶解させずに、生成アルコールを系から溶解除去すること」(第6欄第54ないし第58行)にあり、このため、「第1に、溶媒は反応原料と容易に溶解して溶媒溶液を形成する。これら溶媒は、溶媒がない場合の反応原料に対するものに比して、生成アルコールの溶解性が増大されているものであり、これによつて、生成物を触媒表面から速やかに除去する傾向を有し、かくして、触媒表面を新たな原料のためにあけておき、さらに反応の平衡をアルコール生成の方向に誘導する。第2に、溶媒はオレフインと水とを分かれた液相中に維持し、各相は相互に不溶であり、そのため、水相はオレフインから分離されており、オレフイン相は実質的に水から分離されている。使用可能な溶媒の第3の特徴は、反応によつて生成する物質とは異なることである。」(第1欄下から第3行ないし第2欄第14行)という性質を有するものである旨の記載があることが認められ、具体的には、前記(2)で認定したように、イソプロピルアルコールのようなアルコール類のほかに、酢酸のような有機酸を用いる旨記載されている。

以上判示した引用例の記載全体に照らすと、引用例記載の発明において使用できる溶媒としては、イソプロピルアルコールのようなアルコール類と酢酸とは同一の作用及び効果を奏するものとして位置付けられているものということができる。

(4) ところで、引用例記載の発明における前述の実施例の記載によると、溶媒として使用するイソプロピルアルコール(イソプロパノール)は、右(3)掲記の引用例記載の発明の溶媒として備えるべき3つの性質を有し、前記2で認定した溶媒の機能を果たすものであることが明らかである。

一方、溶媒として酢酸を用いる場合も、前述の実施例に準じて、C4留分中のイソブチレンを原料とし、第3級ブチルアルコールを製造するときは、酢酸はイソプロピルアルコールと同様、右引用例記載の発明の溶媒として備えるべき性質を有し、前記2の溶媒の機能を果たすものであることは、右(3)に判示したところから、自明のことというべきである。そして、前述の実施例において、イソプロピルアルコールに代えて酢酸を用いることができないとすることを認めるに足りる証拠もないから、引用例には、明文の記載はないが、引用例の前記記載全体に照らし、固体水和触媒、及び酸素化有機触媒としての酢酸等の有機酸の存在下、C4留分中のイソブチレンを水と反応させて第3級ブチルアルコールを得る技術が開示されているものというべきである。

(5) 原告は、イソブチレンと水を反応させて第3級ブチルアルコールを製造する際、生成する第3級ブチルアルコールが完全水溶性であることとの関係で、溶媒として、イソプロピルアルコール以外のものを使うことは、引用例に記載されていないと主張する。

原告の右主張は、右反応において、イソプロピルアルコール以外の溶媒として酢酸(本願発明にいう有機酸)を使用する場合、生成する第3級ブチルアルコールが完全水溶性であるため、反応が進行するに従ってイソブチレン液相と水+酢酸液相の分かれた液相を維持できず、実質的に均一相となつてしまい、生成する第3級ブチルアルコールを取り除くということができないから、右反応において溶媒として酢酸を使用することは引用例に示唆されていないとするものであることは、弁論の全趣旨に徴して明らかである。しかし、第3級ブチルアルコールは、水溶性の物質であり、イソプロピルアルコールを添加しても、酢酸を添加しても、この性質が変わるものではないことは技術常識に属するから、イソブチレンと水を反応させて第3級ブチルアルコールを生成する場合において、この反応が進行すると、イソブチレンが第3級ブチルアルコールとなり、この第3級ブチルアルコールが水相に移行して溶液相を形成し、実質的に均一相(水相のみ)になるという反応挙動は、溶媒としてイソプロピルアルコールを用いる場合でも、酢酸等の有機酸を用いる場合でも、異なるものではないというべきである。それゆえ、原告主張の理由によつては、前記反応において溶媒として酢酸(有機酸)を使用することは引用例に示唆されていないとすることはできない。

(6) そうすると、引用例に、「C4オレフインとしてイソブチレンを原料とする場合には目的物として第3級ブチルアルコールが得られること(中略)溶媒としては酢酸等の有機酸が使用され」ることが記載されているとした審決の認定は正当である。

4  (1) 原告は、本願発明と引用例記載の発明との間の相違点(1)についてした審決の認定、判断は誤りであると主張する。

(2) なるほど、前掲甲第2号証の1、2によつても、本願発明について、40~79℃の下限以下及び上限以上で行つた実験結果の明細書の記載があることは認められず、この点は、審決が認定したとおりである。

しかし、一般に、明細書に発明の数値限定の下限以下及び上限以上の実験結果について記載されておらず、明細書上、数値限定の臨界的な意味が存することが判然としなくとも、このことから直ちに当該発明の数値特定の技術的意義を否定し去ることはできず、むしろ、発明がその構成要件における数値の特定ないし上限値及び下限値の設定において公知技術と相違し、当該発明と公知技術の相異なる当該数値の特定がそれぞれ別異の目的を達成するための技術手段としての意義を有し、しかも、当該発明がその数値の特定に基づいて公知技術とは明らかに異なる作用効果を奏するものであることが認められるときは、当該発明の数値特定の困難性を肯認することは妨げられないというべきである。

(3) ところで、さきに前記2、3で判示したところからすると、引用例記載の発明は、固体水和触媒(酸性イオン交換剤)表面上で生成アルコールが蓄積し、新しいオレフインと水が触媒表面に接触するのを妨げ反応速度を低下させるのを防ぐために、生成アルコールを触媒表面から取り除き、新しいオレフインと水とが触媒表面上で接触し、対応するアルコールとなるような活性点を用意することを目的とするものであって、酸素化有機溶媒を存在させて触媒表面から生成アルコールを速やかに取り除き、触媒表面で次の新たな反応を生起させることを意図し、この意図に最も有利で、所望の反応速度を得るために技術上必要な高い反応温度として温度79.4~316℃を選定したものであると認められる。そして、前掲甲第3号証によれば、実施例として示されている、原料としてイソブチレン、溶媒としてイソプロパノール、目的物が第3級ブチルアルコールの場合の反応温度は200(93.5℃)である(第5欄第38行ないし第6欄第7行)ことが認められ、引用例記載の発明はその実施面において、下限温度より相当高い温度で反応を行っていることが明らかである。

これに対し、本願発明は、第3級ブチルアルコールを高純度、高収率にしかも高い生産性をもつて製造することを目的とし、右目的を達成するために、酸性イオン交換剤の存在下で有機酸水溶液を反応させるという間接水和法を採用し、この間接水和法において、「低温の方が平衡的に有利であるが反応速度が遅い。又あまり高い温度は平衡的に不利であるのみならず触媒寿命が短かくなる」(本件出願公告公報の発明の詳細な説明の項第4欄第12ないし第15行)という認識に基づいてその反応生起に最も有利な温度の範囲である40~79℃を選択したものである。したがつて、両発明における反応温度は、異なる目的に基づき選定されたものであつて、それぞれの目的に関連する固有の温度が採用されたものである。

(4) 次に、引用例記載の発明は、前記3(2)で判示したように、表2の実施例によれば、溶媒(イソプロピルアルコール)を用いた場合、第3級ブチルアルコールへの転換率は、この溶媒がないときの同条件下での反応に対し、48%高いという効果が生じるものである。

これに対し、本願発明は、間接水和法を採用し、前記特定範囲の反応温度を選定したことによって、前記1(1)で認定したとおりの作用効果を奏するものである。これを更に第3級ブチルアルコールの収率の点に限って具体的にみるに、前掲甲第2号証の1、2によると、本願発明の実施例1、2と、これに対応して有機酸(酢酸)を共存させなかつた比較例1、2と対比すると、第3級ブチルアルコールが比較例1では、反応時間1時間後に0.0276モル生成したのに対し、実施例1では、同じく1時間後に0.27モル生成していて(本件出願公告公報の発明の詳細な説明の項第6欄の実施例1及び比較例1)、実施例1は比較例1に比し収率が約9.8倍である。また、第3級ブチルアルコールが、比較例2では、60℃で2時間反応させた場合0.50モル生成したのに対し、実施例2では、40℃で2時間反応させた後8.25モル生成しており(同第6、第7欄の実施例2及び比較例2)、さらに実施例5では、「原料炭化水素類混合物中のイソブチレンからの第3級ブタノールの収率は98%であつた。」(同第8欄末行ないし第9欄第2行)ことが認められる。

このように、本願発明と引用例記載の発明とは、作用効果においても明らかに相違しているのである。

(5) そうすると、本願発明の特定の温度範囲である40~79℃を選択することは、引用例記載の発明における温度範囲に基づいて容易になし得たところではないというべきである。

(6) 被告は、本願発明の反応温度40~79℃と引用例記載の発明における79.4~316℃は、79℃の近辺においてほぼ連続しているといえるほど極めて近似しているものであつて、この程度わずかに変更することは、当業者ならば何ら創意を要することではないと主張する。

確かに、本願発明の上限温度79℃と引用例記載の発明における下限温度79.4℃とは、79℃近辺において極めて近似した温度であるといえるが、両者の右温度は重複するところがなく、明らかに相違する。そして、右(3)、(4)で判示したところからすると、単に本願発明の上限温度と引用例記載の発明の下限温度とがごく近似するところのみから、本願発明の特定の温度範囲の選定が引用例記載の発明に基づいて容易になし得たものであるとすることはできない。

(7) 被告は、本願発明の反応温度の臨界的意義の存在について主張するに当たり、昭和56年12月25日付け手続補正書により補正される前の本件出願公告公報の発明の詳細な説明の記載について触れているが、被告も、右補正が適法になされたこと自体を争うわけではないから、適法に補正される前の本件出願公告公報の発明の詳細な説明の記載に基づく被告の右主張は理由がない。

5  してみれば、審決は、本願発明と引用例記載の発明との間の相違点(1)についての判断を誤ったものというべきであり、ひいて、この誤りは、本願発明の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は、違法として、取り消しを免れない。

3 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する

(蕪山嚴 竹田稔 塩月秀平)

〈以下省略〉

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